
ジム・フューリク(Jim Furyk,)は、アメリカ・ペンシルバニア州出身のプロゴルファーです。(「フューリック」と表記されることも多い。)
2003年の全米オープンゴルフに優勝しました。
独特のテイクバックでテレビなどでスイングを見ると、一目でフューリク選手とわかります。
世界ランキング自己最高位は2位。
1992年にプロ入り。1995年の「ラスベガス招待選手権」でPGAツアー初優勝。
それ以来、1997年と2004年を除き、毎年PGAツアーに1勝ずつ挙げるペースを維持してきた実績を持つ、堅実なタイプの選手である。
2001年8月最終週の世界ゴルフ選手権第2戦「NEC招待選手権」では、最終日にタイガー・ウッズと7ホールに及ぶ長いプレーオフを戦った。7ホール目をウッズが制して、同大会に3連覇を達成したが、フューリクの粘り強さも高い評価を受けた。
それから2年後、2003年の全米オープンでメジャー大会初優勝を達成。パー70の「オリンピア・フィールズ・ゴルフクラブ」で、8アンダーパー(-8, 272ストローク)の大会タイ記録で優勝した。この年は8月の「ビュイック・オープン」でも勝ち、自身初の年間2勝を挙げている。
2004年のシーズンが始まって間もなく、左手首の手術により5ヶ月間を棒に振る。2005年7月の「ウエスタン・オープン」で2年ぶりのツアー優勝を果たし、ようやく復活を印象づけた。
2005年の「ダンロップ・フェニックス選手権」にも9年ぶり2度目の出場をしたが、最終順位は3位に終わった。2006年度は、5月第1週の「ワコビア選手権」と9月第2週の「カナディアン・オープン」で優勝している。カナディアン・オープンでの優勝により、フューリクは世界ランキングを自己最高の2位に上げた。
2006年・第36回ライダーカップ(アイルランド・ストラファン、Kクラブ)の初日の午前に行われるフォーボールの組み合わせでジム・フューリクは世界ランキング1位、タイガー・ウッズとのコンビで、コリン・モンゴメリー(英国)、パドレイグ・ハリントン(アイルランド)の欧州ペアと対戦することになりました。
各ゴルファーの経歴は、一部ウィキペディアから引用させていただいています
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